1999年3月22日
しぇるぱ単独
山域:北摂

春の雪の三草山

峠の古い道標
三草山頂上

大阪市内は晴、池田を越えて能勢に入ると雪模様じゃないか。彼岸すぎなのに大変な天気。
剣尾山にでも行こうかな。ちょい待ち、奥から来る車は雪まみれじゃないか。ちょっとたじろぐね。
ちょっと軟弱だけれど、ここはパスとしよう。
落語は桂南光師匠に入門しようかな、芸名を桂南雀なんぞと頂いちゃったりして。

方向転換、三草山にしよう。

サイノカミ峠
山麓に長谷集落があります、新道は谷底を通ってるが、昔ながらの集落道を行こう。
どこで車を止めたか、なんとも言い様が無いね、地図と首っ引きで確認してちょうだい、能勢自然道の分岐点、消防ホースの格納箱、19番の地点ですね。
集落の傾斜の強い舗装路を登るんだよ、お、古い道がある。バイク進入禁止、ふむ、これは登山路に違いない、こっちにしよう。
登るにつれ、三草山は背後へ背後へと離れていくよ、これはミスチョイス、横手に回ろう。
このへんの道はだれもが使う健在な道なんだね。刈りこまれた道は民家の軒下からもとの舗装路に戻れたよ。やれやれ、余計な誘惑にさそわれたね。

サイノカミ峠に到着、ほんとはここまで車で来られるんですよ。
昔、歩いた上で、行ける、と確認して猪名川側から峠を越えて長谷へ転がしたことがある。狭い道です、おすすめは出来ない、急な坂道です。
峠には、法華のお題目の石碑と一緒に古い道標があります。

右二すじハ山みち
       長谷村
たにハ銀山ありま
左ハいけ田みち
       桐谷清昌
寛文十一年大八月 日

能勢町教育委員会の立て札があるので読めるが、磨耗が激しくてよくわからないね。
江戸時代初期の道標で、多田銀山などが出てくると由緒の深いものがあるね。
ここから山道、階段ができてるよ、なんだ、入口部分だけかい。以前、来た時はもっと細い道だったと記憶してるがな、広い道になったもんだね。
なにがしという蝶の生息地で有名で、その保護のために広げた道なんだろね。
はて、保護になるか、どうだろ。人目が増えると虫網も遠慮することになるだろね、そう期待したいもんだ。
ちょっと脱線、蝶の数え方は一匹二匹じゃなく、一頭二頭と数えるんだと聞いたがほんとかしら。
ちからを込めた大袈裟な言い方だね。思い入れが強いとこうなるんだろね。
山頂直下はぐっと頭をもたげている、道がぬれて滑りやすい。右へ左へ歩きやすい個所を選んで歩かなきゃね。
前にも滑って往生したが、これは今でも変わらないね。

出た出た、山頂。
広場は変わらないが、展望は良くなっている。樹を透き刈りして展望を良くしてある。
ところが今日は吹雪なんだね、雪がのんのんずいずい舞っていてなにも見えない。
寒い、今日はここまでにしよう。



カシミール展望図をつけました。
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