2001年11月25日
しぇるぱ単独
山域:六甲

杣谷から長峰山(六甲)

 

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護国神社、後ろは摩耶山どうも六甲には御無沙汰だね、久しぶりに六甲に足を伸ばすとするかね。
阪急六甲、ここから杣谷から長峰山を目指すことにしようか。
あんまり久しぶりだから見当が付けにくい、市街地では地図は必携だね。
溝川がある、これがそうなのかしら、杣谷の流れにしては細すぎるが、とにかく奥を目指そう。
行き止まり、やはりこれは間違いだった。元へ帰ろう。GPSの軌跡は修正してミスの記録は残さないようにしよう(^_-)
杣谷の入り口護国神社、ここに登山案内図がある。ああ行ってこう行くのか、よし解った。
神社の西の交番を曲がって、先をたどると、「この先車も人も行き止まり」、そうか大きな道のまんまにたどろう。
さぁこれからが杣谷の山道、最初の砂防ダムには広い川原がひろがっている。
この奥に砂防ダムが5ケ所で7本の堰堤がある、それぞれ滝を登るのと等しいからなかなかに登り応えがあるよ。
むかぁし昔、ここを登ったとき、谷筋でもないのに大きな滝を摩耶山側に見たことがある、ほら、これ。今回は見えないね。
杣谷の登り詰めあれはたぶん、雨上がりに出現する幻の滝なんだろうね。
不知火さんに教えてもらいました。幻の滝は間違いでした。不知火さんの解説では
たぶん、寒谷滝ですね。六甲山系では布引の滝の次に大きいと思います。
水量が少ないので目立たないですが、今でも見えます。
水量が少ないので、昔は冬には氷瀑になっていたそうです。
ここは杣谷とも、徳川道とも、カスケードバレーとも言う。幕末時、居留地夷人と浪士の衝突を恐れて山陽道を付け替えたんだとさ。
こんな険しい道を行かねばならないとは、飛脚や商人にはえらい迷惑なことだったろうね。
こんちわぁ、この谷の名前はなんと読みますの。そまたにです。
頂上はまだでしょうか。送電線鉄塔が間近に見えてきたでしょう、もうすぐです。
杣谷峠石段が組まれているが、これは最近のものだな。しかも輸入品や。
なぜ解るかって、ほら、底四角側面三角の規格の石じゃないか。
大阪港の埠頭に墓石と並んで工事用の石が蛇籠に詰めて山盛りになっている、墓石の副産物で、安い輸入品が国産品を駆逐しているのさ。
杣谷峠到着、車の往来がはげしいからそのまんま長峰山を目指そうか。
関電鉄塔から長峰山を鉄塔の広場で食事にしようか。
送電線がビィビィうなっているな、溶接の仕事をするひとには気になってしょうがないだろうね。
バッタがいる、これがこおろぎだったらば
無残やな兜の下のきりぎりす
芭蕉は兜を見たんだろうか。
長峰山天狗岩きりぎりすを見たんじゃないの、そこは古戦場、ただの野原でもきりぎりす一匹で、朽ちた兜、しゃれこうべ、その中からの鳴き声をイメージしたんじゃないかね。
どうしたの、何をだしぬけに、いやいや、これはしぇるぱの連想(^^;;
向こうの峰に竿が立っている、そこが長峰山、出発しようか。
激しく登ったり下ったり、さて着いたぞ。
篠原伯母野山町の出口ここは天狗岩、六甲ケーブルの終点の別荘地域がよく見える。白い家々が点在しているね。
振り向けば摩耶山、近い距離なのに霞んでいるのでよく見えないな。
あとは下りていくだけ、このあたりには植林の苗の保護筒がたくさんある。塔婆の林立に見えなくもないね。
のぞいてみると、ぶな、しい、くり、くぬぎ、うるし、などなど。
落葉樹の混在林を仕立てるつもりなんだな、あと十年もすると見栄えのする林になることだろうな。
やっと麓の住宅地に出た、篠原伯母野山町、あとは道のまんまに下っていくと阪急六甲駅へ到着だね。

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詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります




カシミール展望図をつけました。立体的に地形が浮き出て一目でイメージを把握できます。


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