2008年1月27日
県北山の会24人
山域:広島市西区佐伯区

広島アルプス、鈴ヶ峰から大茶臼山

 

画像をクリックするとそのままそこだけ拡大表示されます
Microsoft Edge のユーザーは、画像・テキストにちょっと触れてください、その効果で、ポップアップページは消えます
Internet Explorer Google Chrome Mozilla Firefox のユーザーは何もしなくてもポップアップページは消えて行きます

 

鈴ヶ峰公民館今日が山岳会でのわたしのほんとのデビューなんです。 山岳会の名前は県北山の会。
正しく言うと、先月はゲスト、今月、会員名簿に登録されて、それから初めてなんです。
集合時間が朝7時、この時間での集合はかなりつらいものがあるぞ。眠い目をこすって集合、お早うございまぁす。
前回は、借りてきた猫の状態で、気配を探りながらずっと無言だったが、二回目だもの、聞きたいことはどんどん聞いておこうぜ。
何を聞いたかって?そんな大したことは聞いてはいないさ。心を開いていますよの合図を送って、キャッチの姿勢を示しているだけなんですよ。
マイクロバスは山陽道の五日市インターを出て、草津沼田道路を進むのだが、無料区間を走っているみたい。
これから有料になる料金所の手前で一般道路へ抜けて行って、そこからは、道をうねうねぐるぐる、鈴ヶ峰公民館に到着しました。
ここでトイレを借りるんだとさ。
鈴ヶ峰東峰バスの中での山域説明では、鈴ヶ峰連峰ということだったが、ネットを巡っていると、広島アルプスと表現している例も多い。
こっちのほうが大袈裟で景気がええな。わたしも広島アルプス縦走と名乗るとしよう。
ここを広島南アルプスと表現しているサイトもあったな。ならば、広島北アルプス、広島中央アルプスがあってもええが、そんな名前は聞いたことがないぞ。
鈴ヶ峰公民館から西へすこし行って、鈴が峰憩の森の標識に従って、ここから入る。進めば、墓地があるのですよ。
その墓地の駐車場でストレッチ、登る前には必ず筋をほぐしておかねばいけないのだ。
さぁ、山道に入って行く。道の両側にツバキが見える。ツバキがある斜面は必ず急斜面なんだよ。ツバキが見えなくなったらちゃんと緩斜面になった。
道は山腹をジグザグに折れ曲がって尾根に出会う。そこにはアズマヤがある。
アズマヤがあるから休憩か、いやぁ、衣服調節のためのもので、たいがいの人が一枚脱いだ。
鬼ヶ城山の八畳岩当然尾根を進む道作りだろうと思ったが、山腹を渡って谷を渡る、谷向こうの山腹で行列は突然渋滞したよ。
渋滞の原因は岩場の見晴らしだった。だれもが立ち止まるから、道が塞がって後続は立ちんぼになるんですよ。
宮島が見え、能美島が見え、はるか先には周防大島、これは見えることは見えるのだが、もやっとしていて定かではない。
ほどなく鈴ヶ峯の頂上に到着。ここは東峰、三角点は西峰にあるのだが、そこに行くのはパス。
頂上は踏み均されている、大勢のひとが絶え間なく踏みつけるから草が生える余裕もないね。
宮島を眺め、視線を延ばして、広島市内まで追いかけて行く。反転して北を眺める。大団地が広がって、美鈴が丘団地と言うのだそうな。
新興住宅地が従来の住宅地の延長で開発されるなら、極めて自然なことだよね。
広島の新興住宅地は、山奥に出し抜けに開発されるのですよ。虫食い開発のようで、不自然に見えてしょうがない。
草津沼田道路料金所から階段あれが大茶臼山なんですよ。ずっと山波が続くでしょ、最後に、山頂に通信鉄塔がある山が大茶臼山なんですよ。
へぇぇ、あそこまで行くんですか。近いような、遠いような。
山頂の片隅に陸軍省の標石がある。明治32年6月と彫ってある。
日露戦争が明治37年から始まる。ちゅうことは、戦争に備えて、大本営が広島に設置されたりで、大急ぎで軍事都市化を図った経過が読み取れる。
世が世であれば、ここは立入禁止だろうなぁ。もしも入ったら、憲兵隊に逮捕されることだろうなぁ。
さて、下り道、一挙に崖道を下って行く道だね。
往来が激しくて酷使に耐えかねて、道がぼろぼろと崩れて崖になった道だよ。いずれは迂回路が付け替えられることだろうね。
竹林の中を抜けて、住宅地を横目に見ながら乗っ越し・切り通しを突っ切って進んで行く。
315M無名峰で昼食こぶを越えたら峠に出る、そこには道行地蔵のお堂があって、ここで休憩。休憩の目的は、公園のトイレ、トイレ休憩なんですよ。
再び次の山道へ取り付いて進む。鈴ヶ峰の斜面のように急な坂道ではないね。ゆるゆると進んで岩が見えてきた。
山頂に岩が累々とある。八畳岩とあるのは大きいほうの岩だろう。はるかに八畳の広さを越えているように見えるがね。
広島市内が見えていて、反転すると、新興住宅地、その背後の大きな山は窓ヶ山なんだそうな。
岩が積み重なっているので、名前が鬼ヶ城山と名付けられたのだろうが、ここが最高地点ではないのだよ。
もう少し進んだ先に三角点がある。そこが鬼ヶ城山の最高地点
このへんは風衝の影響で矮小な潅木ばっかりだ。背丈が低いので展望がよく効いて都合がええね。
塹壕のように、雨水が掘り込んだ深い溝の底を歩いて行く。ここを抜ければ平坦な道が続くんだよ。
柚木城山中国セルラー、今はKDDIの通信塔があって、尾根の上はセメント道になっている。
ここできゅっと急角度で曲がるのだよ。尾根をはずれて山腹を歩いている。
竹やぶの中を歩く。ずいぶん広範囲な竹やぶだよ。たけのこ取るな、の貼り紙がある。地主は相当いまいましい思いをしているのだろうね。
自動車の騒音が聞こえ出して、大きな道のそばに出た。
ここは草津沼田道路の料金所の前で、今朝、マイクロバスでここを通ったところじゃないかと気が付いた。
信号があって、道を横断する。山道は料金所のすぐ脇から始まっている。
階段は階段でも、この階段、真っ直ぐ真っ直ぐで愛想のない階段だね。折り曲げてくれればもっと楽なのに、なんで直線なんだろ。
階段を登れば、あとは気楽な山道なんだね。最後にぐいと坂道を登って、ここが315メートル無名峰、ここで昼食にするんだとさ。
国泰寺墓地の前に階段弁当を食べながら、周防大島への方向を眺めていると、黒点がポツリと現れた。だんだんと高度を下げて、海の上へと降りてくる。
広島西飛行場への飛行機だ。鹿児島からの11:55着の便なのだ。滑走路の先端にピタリと下りて滑走していったよ。
広島西飛行場は宮崎往復1便、鹿児島往復3便、これだけのスケジュールなのだが、そもそも広島西飛行場は必要だろうかね。
路線はどんどん消滅して行ったし、最後の九州便も、九州新幹線が出来れば競り負けてしまうだろうし、もう用途を果たしたのじゃなかろうかね。
もうこれ以上赤字補填すべきじゃないし、都市計画の邪魔になっているのじゃないかね。
弁当を食べたので、腰を上げて内陸の山を眺めに移動する。白木山はあれ、東に巨大な山塊が呉娑々宇山、呉の方向の山は全然不案内なんですよ。
出発しまぁす。掛け声で腰を上げ、ぞろぞろと動く。最後尾のスィーパーが落ちこぼれが無いように見張っている。スィーパーより後ろを歩いてはいけない。
道は楽々なのだが、ここで極端な傾斜の坂道に取り付く。これが柚木城山、斜面を削ったり掻き上げたり、防備に精一杯ちからを尽くしてある。
大茶臼山から来た道を城があったにしても、山頂は狭いのだよ、そんなに大きな城があったとは思えない。砦か出城だろうね。
最終目的の大茶臼山はだいぶ間近に見えるようになってきた。
山道を抜けて街道まで出て来た。ここが己斐峠。標識には、大茶臼山は約350メートル先、とある。しばらくは街道歩きだね。
墓地の手前で道の反対側に階段が見える。ここの階段は折れ曲がっていて、生理的心理的に快適な階段になっている。階段はこうでなくちゃね。
ここの道になってから道はだいぶワイルドになってきたぞ。あまり人通りが無いと見えて、道が細めに狭まっている。
岩が通せんぼしている。岩の隙間から抜けて、岩の上では大展望が広がる。
来た山波が全部見える。ほらぁ、海際の山から始めたのだよ。鉄塔と並行に歩いたのだよ。眼下の墓地と開発地の間の山を歩いたのだ。
頭上には通信鉄塔がそびえている。鉄塔の付け根のコンクリ擁壁沿いに歩いて、ガードレールを跨いで、舗装路に出る。
畑峠工事中の通信鉄塔があって、このへんは電波銀座、鉄塔がなんぼでも建ち並んでいる。
三角点を眺めて、そのまま通過、雪が積もった山道を進んで行く。
下に街道が見えてきた。出てきたところが畑峠、ここにマイクロバスが待っている。
クールダウンのストレッチをして、今日の行程は全部終わり、長かったね。

OS,プラウザの種類、ヴァージョンによっては、JavaScriptErrorと宣告され、表示されない場合があります。
その時は下の文字、数字をクリックしてみてください。
1 2 3 4 5 6 7 8 9





詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります




カシミール展望図をつけました。立体的に地形が浮き出て一目でイメージを把握できます。


前ページへ

あちこちの山へかえる

トップページへかえる

 囲炉裏へリンク