2006年11月9日
しぇるぱ単独
山域:広島県庄原市

大黒目山、古道ふるみち時々やぶ

 

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蘇羅比古神社庄原で中国道を通るたび、気になっている山があるんですよ。それが大黒目山、高速道路と平行にそびえていて、いずれいつかは、と思っていたんですよ。
事前のリサーチで数年前から麓部分を調べました。西からの道を探しても、途中で途絶えていて、リサーチも中断していました。
ネットで見ると、南麓から登れば道があるそうな。ならば、行くべし。
庄原から東城への県道、本村地区ですね、葦嶽山への分岐の手前に、蘇羅比古神社というのがあります。
蘇羅比古神社への案内板がいくつもあるが、道の膨らみのどこかに駐車すればええ。膨らみが大きいから邪魔になるおそれなど全然ないよ。
宝筺印塔舗装路を歩いて行くのだが、集落のどこかの家に誘導されそう、鎮守の森を目指して歩こう。ここが蘇羅比古神社なのかい。
石の鳥居の後ろに杉の巨樹がある、でかいなぁ、これほど大きいのだから神社の由緒もさぞかし古いことなんだろうな。
石段の上に本殿がある、古寂びた感じで、歴史を感じさせてくれるね。
本殿の左に進む、宝筺印塔がある、石の塔なんですよ、その後ろに道がある。道はぐるっと本殿の後ろを巡っている気配なので、どこかで山に入って行かなちゃ。
マツタケ山で立ち入り禁止の札があって、金網が張ってある。もう、11月だよ、シーズンも終わったことだろう、入らせてちょうだいねぇ。
金網をまたいで入って行く、こんな時、犯罪を犯しているようで、ドキドキするんだが、ほんとは犯罪を犯しているんだよ、占有物不法侵入。
砥石場を見上げる道ははっきりしている、昔からの古道が残っている。
道の両脇に、焼け焦げた樹が転がっているんだが、昔、山火事でもあったのだろうか。違うなぁ、太い樹が立ち並んでいるから火事はなかったぞ。
そうか、松の倒木だ。松の倒木にマツクイムシが繁殖する、マツノセンザイチュウ、倒木を焼き焦がして虫を駆除した跡なんだ。
けっこう、この道、つらい、きついぞ、フクラハギを突っ張って、アキレス腱を伸ばして、せっせせっせと登らなきゃならない。
尾根に出て、庄原の市街地が見える。もっと上に登ろうか。岩場があって、中国道と本村の谷が見える。
谷を目で追うと、葦嶽山への進入路が見える、あのあたりがそうだろうな、葦嶽山の頂上が突き出している、本体は沈んでいるからピラミッド形状は見えないね。
本村の谷ここが権現山かと思ったんですよ。降りてから、鳥居の下を掃除しているお年寄りに教えてもらったんだが、ここは砥石場というんだそうな、まさか、東芝の聞き間違いじゃないだろうさ。
ちょうど蘇羅比古神社の後ろに当る、てっきり権現山に違いない、と思ったが、そうじゃないんですって。
じゃ、なんで砥石場と言うのかね、この岩場で砥石が取れたのかねぇ、ここで刃物を砥石で研ぎながら景色を眺めたのかねぇ。
この岩場の山の頂上を越えると、再び、トラロープに出会う、マツタケ山の縄張りなんですよ。
登っていくと、頂上に祠の残骸が転がっている、その隣りに縦長の大岩がある。ここんとこ大事だから、よぅく聞いてちょうだいね。
葦嶽山への進入路麓で聞いたお年寄りの話では、権現山はここだ、と言うことなんです。
この山の北側の高の集落で、水害で大勢が亡くなった、その供養に権現山に神社を勧請して祠を建てた、という話を聞きました。建てたのは昔々、今はもう朽ちて倒れて、その残骸がここにある。
地形図では、もっと北に権現山があると表現されている。
地形図上の権現山は、べったりとした平面の上にある。祠の残骸の山は際立った頂の上にある。さて、どっちが正しいの。
地形図は地形図、伝承は伝承、それぞれの権現山があるのだ。しゃぁない、正史と稗史、公的と私的、ふたつの流れがあると判断しなきゃしょうがないでしょう。
伝承の権現山を下りると、谷へ下りる道と交差する。福山山岳会の古い道標が掲げてある。
伝承の権現山登れば地形図上の権現山だが、なんの印象も残ることなく通過してしまう。
この後は、ひとつふたつとコブを越えて行く、巨石が集まっているなかなかの風景が現われる、その向こうに石垣があるように見えるのだがね。
石垣を越えると、広場、大黒目山の三角点だった。
三角点の周囲を掘って、掘り出した石を積み上げて、広場を平坦にして整備したものらしい。
樹に包まれて見通しは効かないが、北西の繁みがやや薄くて、見えているのはどこだろう。多飯が辻山かもしれない。
元の道を帰ろうか。北へ降りる道と交差するところまで帰ってきた。北への道はやぶが激しいとネットには書いてあった。そりゃ、やだね、このまま来た道をたどって帰ろう。
大黒目山の石垣伝承の権現山まで帰ったぞ。登るとき、やぶの道を突破したんですよ。帰るとき、方向を定めるのに難儀するぞ、と思ったが、案の定、道がわからなくなった。
GPSを持っているのだから、来た道をそのまま辿ればええじゃないか。いや、あのね、それがなかなかうまく行かないのだよ。
登りは集中、下りは拡散、尾根をひとつ間違えるとあさってのほうへ行ってしまう。今、まさにその通りのことをしているんですよ。
あっちでもない、こっちでもない、やっと朝来たコースの上を歩いていると確認が取れました。
煩雑だからGPSの軌跡は修正しておくね、正しく通常通りコースを歩いたと編集しておくことにするね。
大黒目山三角点ここは間違いやすい。道なき道を進んで、伝承の権現山を目指すのは止めたほうがええと思うよ。地図を見てちょうだい、マツタケ山の縄張りのロープに沿って歩くと道がある、この道は池に行って、谷に下りるコースとなって、福山山岳会の標識と出会うポイントに向かうのではなかろうか。
このお話のタイトルを、
古道ふるみち時々やぶ、と名付けてるでしょ、ところによっては迷い道、このフレーズも付け加えたいもんだね。
ここから先は迷うこともない古い道をたどればええ。
迷うことなく蘇羅比古神社まで帰って来たぞ。
朝は舗装路をたどって蘇羅比古神社まで歩いたが、神社から地道の参道が真っ直ぐに伸びているじゃないか。こっちの道が気持ち良さそう。
蘇羅比古神社、樹の鳥居鳥居の下でお年寄りが掃除している、こんにちわぁ。
正面の山は砥石場言うんじゃ、権現山はあぁじゃこぅじゃ、と教えてもらったのは先に書いたよね。
木の鳥居が大きいでひょうが、宮島の大鳥居の次に大きいんじゃ、腐っとる箇所ぉ修理したんじゃがのぉ、氏子の数が減ってのぉ、寄付集めで難儀したよのぉ。
祭りが近いんじゃがのぉ、若いもんに掃除せぇ言うてものぉ、勤めがあるけぇ無理じゃけぇ、年寄りがせにゃぁのぉ。
さて、もとの駐車場所に戻ったぞ。

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詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります




カシミール展望図をつけました。立体的に地形が浮き出て一目でイメージを把握できます。


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