2005年12月11日
しぇるぱぁに、しぇるぱ
山域:広島県東広島市

石仏、城跡、曽場が城山2

 

画像をクリックするとそのままそこだけ拡大表示されます
Microsoft Edge のユーザーは、画像・テキストにちょっと触れてください、その効果で、ポップアップページは消えます
Internet Explorer Google Chrome Mozilla Firefox のユーザーは何もしなくてもポップアップページは消えて行きます

 

曽場が城山登山口冬の雪の季節は南の山がええね。北の山は雪が積もって、車の運転が怖いし、そもそも、寒いじゃないか。
東広島の八本松に行こうぜ。曽場が城山に行こう。
前にも行ったことがあるの? そう、それなら道に不安はないわね。
ええとね、ところがそうでもないよ。八本松駅の北口を走っているのだが、前には駅の東側の踏み切りを渡ったと記憶しているんだよ。
その踏み切りが見当たらない、どこかで曲がる箇所を見逃したらしい。駅裏の細い路地をうろうろと進まなきゃならない。西側の踏み切りをやっと見つけたよ。
ぐるっと迂回して、八本松駅前東口の信号に差し掛かった、この信号を南に進むんだよ。
2号線バイパスの高架を潜って、池のほとり、信号のない三叉路がある、ここを山側に右折して行くんだよ。
戦没者供養塔右折すればすぐに東広島市の水道施設がある、ここいらで道の膨らみに駐車しとこうか。
ここから歩くのね。水道施設のすぐ裏に道があるけど、そこじゃないのね。
民家の犬がうるさいね。ステレオでないてくれる、奴らにとっては、われわれは怪しい一群にしか見えないのだろうね。
大きな看板がある、ここが曽場が城山の登山口なのね。曽場が城山(大山城)と書いてあるね。
この下の集落名が上曽場と地図に書いてある、山の南側の名前から城の名前が決まったみたいだね。
広くてええ道ね。軽トラでもじゅうぶん通れる道ね。あ、坂道になった、ここから足で登る道になったわね。
尾根下が深くえぐりこんだ曲がりなのね。尾根に出た。へぇ、この道の下には小学校があるの。校外学習でこの道も歩くのかな。
曽場が城、三の丸案内板があるよ、戦没者供養塔だって。前には行かなかったの、なら、行って見ようじゃないの。
大きな岩だ。頭に供養塔と彫ってあるのか。前にはお地蔵さんかね。
岩の横腹には、名前が連名で彫ってあるよ、戦没者の名前なのね。原爆死没者の名前もある、ここには女性の名前もあるのね。
元の道に戻って、岩の間を通るのね。この山には岩はなんぼでもごろごろ転がっているのね。
風で根こそぎ倒されて、横倒しになった樹が多いわね。潜るには膝を突かなきゃならない、横手に迂回して通ろうか。
ここが三の丸跡なのか、本丸まではまだまだ登らなきゃならないのよね。
八本松石仏八十八石仏の会の看板がある、石仏めぐりのコースがあるのだそうな。ほら、新聞でときどき、呼びかけの記事を見たこことがあるだろう。
曽場が城、二の丸ちょっと横手に、32番十一面観世音菩薩がいてござる、おん まか きゃろにきゃ そわか と真言が書き添えてある。
真言は真言さ、念仏でもお題目でもない。念仏、お題目は一神教の概念なんだよ。拝む仏は只一つなのさ。
菩薩、如来、それぞれに向かって唱える
じゅ、のろいじゃないよ、つぶやくの意味だよ、慈救呪じくじゅをとなえる言葉が真言なのさ。
仏それぞれに、それぞれの真言があるのだよ。
ここが午の段跡、ここには31番文殊菩薩30番阿弥陀如来がいてござる。
で、ここが二の丸跡、ここには29番千手観世音菩薩28番大日如来がいてござるのさ。
本丸の手前にササヤブというか竹やぶというか、繁みがあるだろ、弓矢の矢竹なんだよ。これで矢を作るのさ。
曽場が城、本丸さ、ここが本丸、東広島市の八本松、西条の主要部が一望できるだろ。
南の山際に引っ越した広島大学があるはずなんだが、地図での知識なんだよ。行って見たことがないので、曖昧にあのあたりとしか言えないんだがね。
目の前に曽場が城山がそびえているだろ。いったん、山を下りて登り直さなきゃならない。
いや、正面に真っ直ぐは行けないのだよ。崩れる崖になってしまったので通行禁止、横巻きに本丸跡を巻いて、下りて行くのだよ。
うわ、これはなかなかの崖の道ね。滑らないように注意しなきゃね。
尾根道が続くのね。岩場を渡って行くことになるぞ。城のさむらいは見回りが大変だったことでしょうね。
急な斜面を登って、ここが曽場が城山の山頂なのかぁ。一ツ城跡とも書いてあるね。
曽場が城山頂上広島方向を透かすと海が見える、南の大きな山は野呂山か、その向こうに呉があるんだね。
北の足許に八本松の駅が見える。駅の裏に変なものが見えるだろ。前に来た時は木立が繁って塞いでいたが、風で木が倒れて丸見えになったよ。
どれどれ、あの土饅頭が累々と連なっている空き地のことを言っているの?
そう、あれは米軍の弾薬庫なんだよ。日米安保協定。砲弾火薬が暴発しても、土饅頭で爆風を防ぐ仕掛けなんだよ。帝国陸軍の遺産なんだよ。
江田島の米軍秋月弾薬庫とセットになって、いざ有事に備えているのだよ、そっちは帝国海軍の遺産だがね。
へぇぇ、駅のすぐ裏にえらい危険なものがあるじゃないの。すぐ傍まで住宅地が迫っているけど、大丈夫なのかしらね。
下りの案内の看板がある。右に進めば大山峠、左に進めば水が丸山、小倉神社。
米軍弾薬庫この前は大山峠へ向かったんだよ。大山峠は江戸時代の名残りを残す旧山陽道、これに誘われて行ったんだがね。
なんちゅうかねぇ、さっぱり印象に残らない峠なんだよね。この先、長い長い舗装路歩きで、もとの駐車場に戻るのにくたびれてしまったよ。
左に行こうよ。前回も左に行くかと迷って行かなかった心残りをここで晴らせてよ。
よし、行きましょう。尾根沿いにずっと進んで行くのね。
道の幅はけっこうあるのね。倒木の多いのはしょうがない、潜って避けて進んで行くしか方法はないよね。
岩にペンキで矢印を幅広に塗ってある。この道で間違いがないという保証のシルシなんだよね。
あのねぇ、出発地から反対方向へどんどん進んでいるんだけど、間違いはないのかしら。
西尾根、コルの十字路メイビー、たぶん。始めて歩く道だもの、判らんけれど、大丈夫だろう。
尾根の先は山が盛り上がってきたよ。あの山に登らなきゃならないの。
いっぺんコルへ降りて行ってる、コルには必ず道が交差しているさ。そんなもんだよ。
ほら、低地に降りたら十字路になっているだろ。道標がある、小倉神社を指差している。ここで尾根を外れて谷道を進めばええさ。
夏の盛りにはちょっと小うるさそうな道だね。冬に歩いて正解だったよ。
ロープで山を囲ってある、マツタケの囲いなんだな。
やぁ、抜けた。林道に出た。ここからは地道の林道を歩いて行くことになる。
林道に出会う歌碑がある、あまりに達者な筆だから読めない、宮司と書いてあるから、小倉神社の神主の和歌なんだろうな。
記念碑もあるぞ、小倉寺跡、鎌倉時代創立、小倉神社別当寺として十二坊があったといわれる、へぇぇ、そうなんですか。
林道を離れて草原の道を行こう、その先になにやらあるのが見えるぞ。
水場だった、小倉寺水、名水なんだそうだ。ペットボトル何十本も汲んで帰るひとがいるよ。
どれどれ、名水とはどんな水、うぅん、柔らかな水だよね、刺す金属味はないね、無味無臭、こういうのが名水なのかい。
ここから先は舗装路歩きだよ。登り勾配の道を歩かなきゃならない。山道をだいぶ来たんだもの、林道もかなりの道のりになるよ。
やっと下り勾配になってきたよ。ここから先は惰性の歩きだね。
前に来たとき、この林道をドライブして途中までをチェックしたことがあるんだよ。尾根道は必ずこの林道と合流するものと見当を付けていたのさ。
ほら、登山口の前、一周して帰ってきたぞ。犬がほえて出迎えてくれる、やかましいぞ。
さ、もとの駐車場所まで帰って来たよ。

OS,プラウザの種類、ヴァージョンによっては、JavaScriptErrorと宣告され、表示されない場合があります。
その時は下の文字、数字をクリックしてみてください。
1 2 3 4 5 6 7 8 9





詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります




カシミール展望図をつけました。立体的に地形が浮き出て一目でイメージを把握できます。


前ページへ

あちこちの山へかえる

トップページへかえる

 囲炉裏へリンク