2009年10月28日
しぇるぱ単独
山域:広島県東広島市

絶好の見晴らし、嶽ヶ城(東広島)

 

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さわやか茶屋への道地図をながめているうち、嶽ヶ城に眼が留まりました。
この山は、鴨さんが8年2月10日に登っている
検索をかけてみると、登山記録は鴨さんだけで、他はだれも登ったとの記録がない。
登れば、ネットの上では追っかけ第2登になる。ほんとはね、初めても二番目も関係ない、ネットに無関係の大勢が登っているのだよ。
国道375号線を三次から東広島へ向かって行く。
豊栄ダムの下流で、谷が狭まったところがある、そこが大渡橋北詰交差点、谷の流れのままに下って行く。
豊栄の地内から河内の地内に入って行く。
境界が川に突き出す岬になっている。岬からは抜きん出て飛び出した山が見える。あれが嶽ヶ城なのだよ。家に帰ったあとカシミールで確認して、間違いないと断言できる。
嶽ヶ城と対面する沼田川に沿って下って行って、さわやか茶屋の看板と幟で誘導している道がある。この道を登るのだよ。
カーナビにも出ていない道だからためらうかもしれない。この道は市道だから、カーナビには収録されていないのだ。
不安に思うなら、この下手に、県道の入口がある。県道342号線を進めばええのだよ。
実は、昨日、取り付き点を探して下見していたんですよ。県道342号線を登りました。
県道342号線を登ったら、道が狭い。対向車が来たらえらいことになる。擦れ違うにはかなり長いことバックしなきゃならない。
その点、県道じゃないこっちの道はまだましです。擦れ違う余裕がある。ただし、傾斜は急だよ。
森の中の道を走って、抜け出したら、中腹に集落がある。
川沿いに集落があるのは当たり前と思うでしょ。川の氾濫を制御できなかった昔は、川沿いにひとは住まなかった。
昔々は、山を登って中腹に住居をかまえ、谷筋に耕地を拓くのが普通だったのだよ。
教念寺縄文・弥生のころから続いているかもしれない集落が連なっている。
谷底のたんぼは耕作放棄地、労力と収穫とが吊り合わなくなってきたのだね。
集落の背後に山が聳えている、嶽ヶ城なのだ。
集落の交差点の手前に道の広い膨らみがある。ここに止めよう。
ほんとは登山口まで舗装路は続いているのだよ。そこまで車に乗ると、あまりに歩く距離が短いので、あえて歩いているのです。
ここは宇山です 案内図 と看板がある。イラストの絵を眺めて概略を頭に入れておこうね。
地図はプリントアウトしていたんですよ。ところが、持って来るのを忘れた。勘を頼りに歩かなきゃならない。
次の角を曲がるのだ。旧宇山小学校、そば処さわやか茶屋、宇山ぶどう園の看板が誘導している。
イラスト地図にもあった教念寺がここ、小字に寺西、寺東とあるように、集落の基準なんだろうね。
すぐに嶽ヶ城登山口の看板がある。
ここが登山口山の名前が嶽ヶ城、障子ヶ岳、障子嶽城跡、嶽ヶ城山、高城山、いろんな名前があって、地元のひとは、単に城山と呼んでいるのだそうな。
舗装路を踏んで登って行こう。
最後の民家を過ぎて、舗装路は終わりかと思ったが、なんのなんの、どこまでも舗装路は続いて行くよ。
竹林の中を過ぎ、峠の明るいところまで出たところで龍王山登山口の看板がある
地図には、北に竜王山があるのだが、それとは別、麓の集落のひとがそう名付けている山なんだね。
その先には、城山登山口、メインはこっちのほうなのだ。
道は広いし、草が邪魔することはないし、快適な道だね。蜘蛛の巣が多いからここんとこ誰も登っていないのだろうね。
樹の名前を教える名札が続いていて、学校の遠足に使っているコースなのかもしれないね。
稜線に出ると、北側が伐採してあって道は明るい。
嶽ヶ城取り付き点稜線からどっとタワに降りると、林道と合流した。
林道とは言え、タイヤの車では登れない、キャタピラの運搬車でないと無理な坂道なんだよ。
尾根を切り通して道をぶち抜いてある。すぐに郭の看板がある。
城の郭なんだね。間違えないように、曲輪と書いてほしいよ。廓=吉原・島原などの遊廓を連想していけない。
部首マダレの廓は、遊里、いろまち、傾城町、魔物が棲むくるわだから廓の字なのかしらね。
部首マダレのない郭は城郭のくるわなんだよ。漢字の使い方に微妙な差があるのはこういうことなんだよ。
要するに、ここに建物遺構があった、あったはずだ、ということなんだね。
土木工事が施されていて、地面が平坦になっている、そこからの推論なんだろうね。
さらに郭の標識があって、さらにもう一箇所、ここは広場になっていて、いかにも郭跡という雰囲気だね。
郭跡その隣りに空堀、深い溝があって、防御の拠点に使うものであり、攻撃側には進撃の邪魔になるものなんだね。
どうも横堀、水平での堀の効用には疑問なんですよ。
防御に効果があるのなら、奪われたら、壊滅的な被害を受けるのじゃなかろうか。
その点、斜面の竪堀、この効果は納得です。斜面を横に移動するのに邪魔になるし、縦に登る敵には岩を落とせば効果的だ。
丸太を輪切りにして階段にして埋めてある。ただし、生木じゃないのだ、コンクリートの擬木なんだね。
頂上の土塁を越えるのに階段が架けてある。頂上の周囲はぐるっと取り巻く平地が続く。帯郭と看板にある。
建物を建てる余地はなさそうに見えるがね。犬走り、空堀と見立てたほうが現実的と思うが、どうなんだろう。
頂上は平らで、本丸跡と看板がある。
周囲が伐採してあって、頂上からは展望が抜群によく効く。
嶽ヶ城頂上北に板鍋山、北西にカンノキ山・鷹ノ巣山、鉄塔でそれと判別できるのが硫黄山・野路山、南を向くと頭崎山、南東に篁山、篁山と谷を隔てて日本ヶ峰、東の方向だけは木立が邪魔をしているが、ほとんどぐるっと展望が効く。
さて、ここから南の正面に見える頭崎山で、ここでは本丸のことを
つめの丸と看板があった。
甲の丸と表記するのはあまり例を見ないのですよ。ここでも本丸と呼ぶのかい、頭崎山と近いのに。
三角点はひそっとあるだけで、三角点を示す棒杭などもないし、そっけないっちゃそっけないよね。
さてと、降りるか。
稜線から見た道は林道に合流したが、稜線を行かずに林道を行けばどんもんだろう。
板鍋山を眺め、竜王山と対面しながら降りて行く。
林道は舗装路に合流する。地図によると、舗装路はこの先で豊栄をちょっとかすめて福富へ抜けて行く、変な境界になっているんだね。
龍王社の祠すぐに峠で、ここから嶽ヶ城に登ったのだ。稜線の反対方向が龍王山登山口となっている。こっちへも行ってみようか。
こっちもよく使い込まれた林道だよ。
進んで行くうち、鳥居が見えて来た。鳥居には龍王社と扁額が架かっている。
広場があって祠がある。当然、水の神様、龍王を祭ってあるのだね。周囲に甕が地面に埋められて取り囲んでいるのが珍しい。
祠・社を幾つも見たが、甕を祭具として使っているのを見るのは始めてだ。
祠の後ろを覗いてみた。木々が密集しているので入るのを止めたのだが、先に進めばこの峰の頂上があるのだそうな。
現場では判らなかった、帰ったあと、GPSの軌跡をカシミールに投影したから判ったことです。
もとの峠まで降りて、舗装路をたどって集落の登山口まで戻る。
もうちょっと先に行ってみよう。
そば処さわやか茶屋旧宇山小学校の体育館運動場プールが残っていて、教室はそば処さわやか茶屋に転用されているようだ
蕎麦はねぇ、わたしの好みじゃないのですよ。
蕎麦つくりには講釈が多い、しかも値段が高い。
ここの値段は知らないが、信州でぎゃふんというほど値の張る蕎麦を食べたことがある。
その点、うどんはなんぼ高くても常識的な範囲を越えることがない。
あちこちで蕎麦を名物にしているが、ほんとのことを言うと、蕎麦しかウリモノがないからじゃないか。
教育のまち○○、こんなのを見たが、他に取り得がないからだよ、なんにもないから苦心して編み出したのだよ。それと同じこと。
ごめんね、蕎麦には好意が持てないのだよ。
さて、駐車した場所まで戻るかな。

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詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります




カシミール展望図をつけました。立体的に地形が浮き出て一目でイメージを把握できます。
でも軌跡を示しています、高低を示す断面図も表示できます


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