2013年1月19日
しぇるぱ単独
山域:広島県庄原市

庄原市東城町、焚火山たくひやま

 

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千手寺の石段地図を眺めていました。
庄原市東城町、市街地の北に通信塔のある山があります。資材運搬の道路が完備されてるから登るには値せんな。
ぼーっと見ていると、あれぇ、南から道があるじゃないか。
国土地理院の地形図だけでは心もとない。ネットでMapion の地図で見てみた。ある、道がある。これなら登れるぞ。
高速道路で東城で降りる。駐車場所を探してうろうろしました。ちょっと離れたところに白線外の余地がある。ほんとは歩道なんだろうが、縁石で区切ってないから、そこはカンニン。
歩き始めると、老人保健施設こぶしの里・こぶしの里病院、ここにも駐車できるが、それはまずいだろうと避けたのですよ。
目の前に長い石段が伸びている。花谷山千手寺、石段の両側は墓地が延々と広がっている、東城の古刹なんですよ。
焚火山への道備後西国三十三観音霊場巡りで、平成16年3月8日に来たことがある
地図で見ると、国土地理院でもMapionでも、墓地の中間あたりから道が伸びているようになっている。
地図を信じて入ってみるか。いかんね。どうもこれから先は行き止まりじゃないかい。引き返そう。
千手寺の本堂前まで石段を登ってきた。
あ、お坊さんがいる。聞いてみよう。
焚火山たきびやまへ行く道はどこなんでしょうか。
焚火山たきびやま焚火山たくひやま焚火山たくひやまと言うんじゃ。そこから入ったら行けるけぇの。
坐禅堂と何かの建物の間に道がある。愛宕の滝と案内がある。ここから進めばええのだな。
墓地の間に道がある。さっきの墓地は道とは言えなかったな。
広い道があるなんぼ国土地理院の地図とはいっても、明治大正の細道を記録して、それからは修正することがないものね。地図に間違いがあるのは承知の上だが、ついつい信じてしまうんだよね。
墓地の中を屈曲しながら進むのだが、自然な成り行きで進めばよろしい。やっと墓地の切れ目まで歩いてきた。
古道を進みながら、道ばたに古い墓があるなと眺めていたが、石仏に紀三井寺と彫ってある。二番とある。西国三十三箇所の石仏じゃないか。
すると、さっきの石仏は墓石ではなく、青岸渡寺、一番札所の石仏だったのだ。
読みにくい石仏もあるが、順番に札所をたどって行っているようだよ。
尾根に登るか水平に山腹を行くか、分岐で迷ったが、水平道の先に札所の石仏が見えている。絶好の道しるべになるよなぁ。
水平道、念入りに谷の襞まで入って山腹を行くのを何度も繰り返す。
アズマヤ雪が融けて夜に凍みてコチコチに氷化している。靴が滑って踏ん張りが効かない。大股では歩けない。小幅に歩いてよちよち歩きになってしまう。
何度も谷を渡って、最後の谷になってきた。ここは谷の奥へと登って行くのだ。
谷川の流れが見えるようになって、ちょろちょろと水が岩の上を伝う、これも滝と言ってええのかしら。
休憩舎があって、東城観光特選愛宕の滝と看板がある。
小屋の前に滝があるのだが、杉の倒木が滝の眺めを塞いでいる。愛宕の滝とはこの塞がれた滝のことだろうね。この下のちょろちょろ滝も含めるのだろうか。
滝に沿う道は傾斜が急なのは、全国どこでも同じなんだよね。
踏み上がったところに大岩があって、愛宕神社と石柱に彫ってある。神社の祠はないが、ここで愛宕神社の清め祓いをするんだろうね。滝の名前が愛宕の滝、ここから由来しているのか。
最初の尾根を横切るええと、この上で道は二分している。
地図に添う道は左へ行く道なんだが、右の道には西国観音の札所の石仏が見えている。地図から外れるが、観音札所の道を行った方がええような気がするよ。
ここで尾根を越える。人間が足で踏むと、次第に雨水が侵食して、掘り込んで、切り通し状態になってくる。
峠を越えて、ここの谷は、昔々はたんぼだったんですよ。相当前から耕作放棄してしまっている。便利が悪いところだもの、耕作放棄も仕方がないよなぁ。
もうひとつ尾根を越え、もうひとつ尾根を越え、太山寺の門前に出た。
予想とは違うところに出た。地形図に道がないところを歩いてきたのだよ。地図に載ってないほうがおかしいよ。普通に歩けば必ずここに出るのだよ。
焼火林道竣工記念という石碑の前を通って、道を上に進む。
焚火山とか焼火とか、ずいぶん物騒な名前が飛び交っているが、焚火と焼火とは近縁のものだよねぇ、なにやら伝説・言い伝えがありそうに思えるがねぇ。
太山寺の前この先で道は分岐している。どっちへ進むか。タイヤの跡がある右側へ進もう。
ありゃ、この先に農家があるんだよ。そこの車のタイヤの跡だった。
道は下り勾配、どうやら間違っているな、と見当が付いて、駐車場に案内板がある。見てみると、なるほど、間違っている。
引き返して、左側への道に入る。
次の分岐で、始めて道標を見る。よしよし、焚火山への矢印がある。
登って行くと、焚火山荘という建物がある。ネットで検索してみると、引退した政治家の別荘だった。
頂上まで来たぞ。
三角点があるはずなんだが、雪に覆われているから探しようがない。
焚火山頂上NHK民放各局共同の地デジアンテナ、県の防災行政無線、あれやこれや、小さな祠もある。アズマヤまである。
さて、降りますか。
太山寺まで下りて、ちょっと参拝しましょうか。
石段を登って、四脚門を潜って、恵谷山太山寺、そんなに大きくないこじんまりした本堂なんだね。扁額に恵谷山とある
太山寺の東の谷を降りるつもりだったんですよ。
地図上には太山寺という文字があるけど寺マークがない。寺の境内を突き抜ければ道があるかな、と考えた。
ありませんでした。行き止まりだった。
東の谷の道はあきらめよう。来た道をそのまま引き返そう。
太山寺本堂尾根を越えて、耕作放棄の谷を横目に見て、最後の尾根を越えて、あとは愛宕の滝へとどんどん降りて行くんだね。
朝には雪が凍みてつるつる滑って歩き難かったが、今度は融けて腐れ雪になってずるりと滑って行く。
二番目の紀三井寺の石仏は見たから、最初の青岸渡寺の石仏をじっくり見てみよう。
那智の刻みは見える。一番の刻みも見える。紀伊国の刻みも見える。間違いない、青岸渡寺の石仏だ
その先に十六丁の石柱があった。ここから始まりなんだね。登るにつれてカウントダウンして、最後、二丁の石柱は見た。一丁は見なかったぞ。
そういえば、最後に見たのは、28番、成相寺の石仏だった。松尾寺から谷汲寺までの石仏はどこにあるのだろうね。
西国観音の石仏は千手寺から太山寺までの山道に道しるべとして置かれていたのだろうな。
古い石仏は明治24年と彫ってあったのは見つけた。西国観音の石仏は、まだ摩耗していないし、苔に侵されてもいないいない、ここ、十年、二十年前に置いたものかもしれない。
千手寺扁額墓場を通り抜けて、千手寺の全貌が見える。千手寺の本堂前まで戻ってきた。
本堂の扁額に、花谷山千手寺、そう書いてあるはずなんだが、そのように読めますか。
芸能人のサインが判読不可能だが、それに近いぞ。花谷山と書くのにどんなに崩しても盛り上げてもこんな字にはならないぞ。
東城の町を見下ろすと、谷いっぱいに住宅が埋まってなかなかの市街地なんですよ。
駐車場所まで帰ってきたぞ。
国道を走って、焚火山が正面に見えるところまで行って、どの道を歩いたのか眺めてみよう。

詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります



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