2011年6月5日
しぇるぱ単独
山域:島根県雲南市

八雲立つ出雲八重垣、八雲山

 

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須我神社ただいま、出雲神仏を巡拝しております。
先日は熊野大社、今日は須我神社、その間には山があって、山の名前を八雲山と言います。
八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を、スサノオとクシナダの愛の物語の舞台で、その名前の由縁の八雲山とは、これは登ってみなきゃならないよね。
ここが須我神社、地名が須賀で、このように漢字が別の字に替わることはよくあることです。
神社の駐車場に車を置いて、街道沿いの大鳥居から入って行って、社殿前の石段は工事中なんですよ、横から迂回して入って行く。
神社はそんなに大きくない、こじんまりした姿です。しかし、日本初の宮、と大きく打ち出している。
2番目の案内言うのは自由だから咎めはしないがね、まぁ、とことん神話伝説に寄りかかっている由緒だよねぇ。
手水鉢のところに奥宮への案内がある。奥宮まで2キロなんだそうな。
案内が次々と現れるから心配なく歩いて行ける。
八所はっその集落を突き抜けるのかと想像していたが、集落を迂回しながら登って行くように案内が誘導している。
3番目の案内で戸惑う。案内が45度の方向を指している。だれかが曲げてしまったのだよ。
曲がっているのに気がついたら、元の姿に直しておいてちょうだいよ。
直進するのか、左折するのか、ここは地形を判断すると、直進すべきだろうな。
最後の案内しばらく案内が出てこないので気がかりだが、ありました、最後の案内板。
八所はっその集落を突き抜ける道と、迂回した山際の道が合流したところだ。
そこに見えているのが登山口で、ここからは山道になるのだ。
みそぎ場があって、くちをすすぐ樋のほかに、樋を渡して頭上から水をかぶる簡易の滝もしつらえてある。
鳥居があって、ここからは聖域、階段の両脇には巨石に和歌が彫ってある。ここで彫ったのだろうか、彫った石をここまで担いで来たのだろうか。
ごめんね、歌の内容には興味がない、どのように工事したのか、そっちのほうが気になるね。
合併前の大東町が自治体予算で執行したものらしい。よく、議会の審議が通過したよなぁ。
こんなことに金を使ったりで財政がパンクして、単独の町制では持たなくて、合併しなきゃならなかったのだよ。
登山口八雲山文学碑の径案内、岩に彫った文字が達筆すぎて、読めるように案内板に書き直してある。
ここは、和歌や俳句の内容に着目するのではなく、道先案内に注目してちょうだい。
夫婦岩から左折すると頂上へと書いてあるでしょ。行けるのだ。道があるのだ。ひょっとして夫婦岩で道は終わりか、と心配していたのだが、それは解消されました。
これが夫婦岩、大きいのがスサノオ、中くらいなのがクシナダ、小さいのが子どもを表しているのだそうな。
子どもの名前はむちゃくちゃ長いのですよ。ただの脇役のキャラクターだから、わざわざ覚えなくてよろしい。
夫婦岩から左へ、水平に山腹を横切る。アズマヤがあって、そのまま道を進んで行く。
夫婦岩ひょっとして草に覆われて掻きわけ掻きわけ泳ぎながら進むんじゃないかと危ぶんでいたが、そんなことはありません。普通に踏み込まれた道です。
五七五七七だけじゃなく、五七五の石碑も多いので、和歌の上の句だけ分けて彫ったのかな、と思ったが、案内版をよぅく見ると、俳句も混じっているのだ。
竹やぶの中を通ることになる。竹の落ち葉が道に積もって、滑って歩きにくいね。
竹があるということは、昔はここに人家があったのだ、わたしはこのように考えています。
竹には種がない、人の手で移植しない限り、遠くの地に伝播するわけがないのだ。
人家があったとしても、民家とは限らない、神社なのか、寺院なのか、山上に開いて、消えていった名残りだと思うよ。
八雲山頂上竹やぶが手近なので、階段を竹で代用している。
簡単で便利だけどね、竹は朽ちるのが早いのですよ。3年も経つとぼろぼろに腐ってしまう。費用をかけるなら、ちゃんと木材で施工したほうがええよ。
もちろん間伐材でええのだよ。下の階段にあるような、防腐加工してある枕木の払い下げでなくてもじゅうぶんなんだよ。
竹やぶ地帯が終わると、頂上は近い。ここが頂上で、草原の広場になっている。
広場の一部には、大本教の鳥居があって、大本教の開祖が八雲山を世に広めたことを顕彰する看板もあります。
今日は水蒸気が多くて、展望はもひとつだが、宍道湖の水辺が見えている。
林道出会い三角点があって、三角点の標石に、016 292 と数字が刻まれている、他の三角点にこんな篆刻は見たことがない、どういうことだろうね。
三角点の背後に入ってみたが、道はない、一周してもとの山頂広場に戻ってくる。
引き返すと、大本教の鳥居の下に建物が見える。建物に近づいてみると、八雲叢舎と看板がある。大本教の関連の建物なのかもしれないね。
建物の庭の隅から鉄製の柵と手すりが伸びている。こんなに手を掛けているのだから、下山の道はこの道に違いない。
下りて行くと、八雲町熊野大社方面→と案内がある。もちろん広くてええ道は八雲町とは反対方向に続いている。
せっかく八雲町と名付けて、八雲山と由緒づけたのに、登山路がないのは残念なことだな、と思っていました。
三雲山が見える道があるのなら、草刈して、八雲山を八雲町側に引き寄せればええのにね。もうちょっと努力せんかい。
柵に沿って下りて行くと、アスファルト道と合流する。林道八雲山線と案内がある。
ここからは固い路面を歩いて行かなきゃならない。道は谷川に沿って下りて行けばええのですよ。
三差路に出て、そこには引坂営農集団倉庫があって、道は左へ曲がって行く。要するに、下へ、下へ、と行けばええのです。
振り返ると、八雲山が見えている。南尾根には竹やぶがあったよな、おぉ、竹やぶが見えている。ここから見えている山が八雲山なのだ。
この先下りて行く途中に巨大な砂防ダムがある。
坂本神社砂防ダムの上流に集落があるのだが、土石流の原因として集落が名指しされているようで、下界から阻まれているようで、気分はよくないだろうね。
県道に出たところが坂本神社、ネットでの案内は、ここから八雲山に登ったとするものが多い。
須我神社から登った、夫婦岩から登った、という記録はあるが、たいてい、宗教絡みのページで、山道がどうとか、草は繁っているかとか、登山者の眼で見た記録は一向にないのですよ。
これで、一気通関、どっちから登っても八雲山は円を描いて周回できる。
一周してもコースは8キロ未満なんだが、大部分が舗装路歩きで、山道を歩くのは1キロとちょっと程度しかない。短距離なんだがけっこう足が疲れる道なんだね。
須我神社の駐車場が見えてきた。ぐるっと一周して、さぁて、帰ってきました。
参考
出雲国神仏霊場 第16番須我神社

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詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります



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