備後西国三十三観音霊場巡拝
欠番(第28番) 廃寺 萱野山龍蔵寺
平成16年3月22日 一回目
事前に調査していると、どうも、この寺、本当にあるのか怪しくなってきた。
地図で調べても所在は解らないし、NTTの104で問い合わせても、電話の登録がございません、と返事が返ってくる。
どうなんだろうな、第12番の禅昌寺さんの掲示板に書き込んで、教えてもらったが、どうやら、無い、と判明したよ。
28番龍蔵寺さんは、もうお寺は無いのだそうです。朱印は、29番のお寺で押してもらえるそうです。
場所的には、山手町の山の上で、いくらかは伽藍が残っているかもしれないけれども、「とても行けるような所ではない」ということでした。(福山のお寺さんの談)
残念ですね。
ということだそうな。
とにかく行って見ようか。福山市山手町の交番がある、ここで聞いてみようか。パトロールに出たのか不在だよ。中に入って交番の地図を見てみよう。
いくら探しても全然みつからないね、所在不明じゃしょうがない、諦めることにしよう。
平成21年10月10日巡拝
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地元、三次の出版社に菁文社 というのがあります。草冠に青、見慣れない字だね。
そこの出版物で、「備後西国三十三ヵ所観音霊場」、ここに龍蔵寺のページがある。ちゃんと編集者が自分でも登っていて、地図も載っている。
これで寺への行く道がわかった。わかったのなら行ってみよう。
府中をバイパスする道を見つけました。芦田川の右岸を行けばええのです。左岸に府中の市街地があるので、こっちなら迂回できます。
この道は、「芦田川中流域、府中福山を往復(自転車)」でわかったことで、早速、実践しているわけです。
先日、自転車を転がしながら、龍蔵寺を訪ねるのに、駐車できそうな場所をメッコつけていたんですよ。あそこならOKだな。
探しておいた場所、高速道路山陽道、ここの高架下なら止めても迷惑にはならないだろう。
ここから歩き出したのだが、この先の道はどこも狭い道で、とても駐車できる余地などなかった。ええ判断だった。
なんとなく、道はこっちだろうと見当を付けて進むのだが、狭い道なので、ほんまにこれでええのかな、と疑いながら進んで行く。
工場の傍を通るのだよ。どんな業種かわからないが、マナック(株)郷分事業所とある。
その工場から5分も進めば、電柱に「かやの山入口」と看板が巻き付けてある。ここがポイントなのだよ。
集落の中でこのポイントを探し当てさえすれば、今日の行程はOK、この先問題はない。
路地の奥には、萱野山龍蔵寺と石柱も立っている。
道は狭いが、軽トラなら通行可能のようで、これは紛れもなく軽トラが通っているな。
民家と山道の分岐を過ぎて、ここから先は、さすがに軽トラは無理だが、そんなに狭い道ではないよ。
谷を横切るのだが、道の下に土管を埋め込んで谷の水吐けをよくしてある。
自然林の中を進むと、純林となっている。林相の変遷で極相を示しているね。木の種類はわからないな。
地蔵があって、五丁とある。五町という長さを示すのか、何分の五丁という意味なのか、どっちなんだろうね。
さっきからジグザグと道は折れ曲がりながら登っているのだが、ここで、がんばれ、あと6曲り、と看板が出てきた。
看板は、5曲り、4曲り、3曲り、2曲りと続いて、1曲りの看板はなかった。
6曲りまでは短い曲がりだったが、看板が出るようになってからは、曲がりのスパンが広くなったような気がするぞ。
ところどころ、木の間隠れに展望がある、正しくないな、言い換えよう、展望は梢・葉っぱに邪魔されてはっきりしない。
写真に撮ろうとしても、なかなかカタチにならないのだよ。
1曲りの看板はないけれど、ここがそうだと指差して、ひょいと見上げると廃屋がある。龍蔵寺の建物の一部だろうね。
廃屋にはアルミサッシがある。
ネットで調べたところでは、アルミサッシは昭和40年前後から普及して、昭和45年にはほとんど100%定着したのだそうな。
アルミサッシを手がかりに、龍蔵寺が無住になったのは昭和40年以後だ、という傍証になるかもしれない。
石段があって、ここから境内、というシルシなんだろうね。
石段から先は木や竹が繁っていて、歩き易いところを歩かなきゃならない。
つまり、境内の通路は植物に覆われていて、通れそうなところを選んで歩かなきゃならない、そういうことなんだよ。
これが宝匡印塔、地蔵の祠はセメントなのでまだ残っている。
ここは本堂の位置なのか、まだ柱は立っているが、無残な姿で、廃墟の寺というのは気味の悪いものだねぇ。
アルミサッシを材料に、寺を放棄したのが40年前、50年前と推測したが、これほどまで建物が崩れて朽ちるとは尋常じゃないよ、放棄したのはもっと前かもしれない。
あるいは、アルミサッシの建物は龍蔵寺とは無関係なのかもしれない。アルミサッシと伽藍とは似つかわしくないものね。
道は水平に誘導していて、山肌を巡って、この先へ突き抜けているようだよ。
そのまま歩いて行くと、廃屋の前に出た。
周辺に田畑の耕地などありそうもないし、廃屋に住んでいたひとはどのような暮らしをしていたんだろう。
龍蔵寺ははるか昔に無住になって、その後、数十年経過して、やはり住めないと放棄した、そんな事情なのではなかろうか。
草に覆われてはいるが道なんだよ、草を踏んで下りていくと、舗装路と合流した。
見上げると、電線がここまで来ている。ここは電線の末端なんだよ。
先ほどの参詣道の途中で地図のコピーを落としてしまった。地図の概略は覚えている、このまま道を下りればええはずだよ。
谷の大曲がりで道が分岐している。ここが明るいからここで食事にしようか。
荷物は置いて、サンドイッチをかじりながら分岐の奥へ進んでみると、集落があった。何軒ぐらいの集落なんだろう。
犬に吠えられた、これ以上進むと襲われるかな、危険だな。引き返そう。怪しいものじゃないからね。
あとはどんどん道を下りて行く、下りて行く。
谷の出口に高速道路山陽道が見えている、山手トンネルを抜けて郷分トンネルにすぐに入る、トンネルとトンネルの間なんですよ。
谷あいの集落を抜けると、見覚えのある道・路地がある。小学校通学路という看板に覚えがあるのだよ。
採石場は見覚えがある。すぐに高速道路の高架の下に出て、そのまま進めば駐車した場所なんだよ。
あとは、芦田川の右岸を通って、福山郊外、府中の市街地をバイパスしながら帰っていこうね。
あのね、道が怪しいのは廃墟の寺の境内だけです。それでも、自然な踏み跡があるから迷うことはないね。
登りの参詣道、下りの舗装路、なんの心配することなく歩けます。
登りの参詣道には靴の跡がいくつもありました。現役のハイキング道として復活しているようだよ。
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