中国地蔵尊巡拝

第27番 金龍山退休寺きんりゅうざんたいきゅうじ 曹洞宗

鳥取県大山町 平成20年6月18日巡拝

 

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退休寺、勅使門 退休寺、仁王門 退休寺、本堂 退休寺、座禅堂
米子の方向へ向かうのに、どうしても三刀屋インターから乗り込む癖が付いてしまったよ。
こっちから行くと時間はかかるのは承知なんだがね、高速道路の無料区間が魅力的なんですよ。
無料区間の東出雲から再び有料区間、ここから米子までは均一料金なんですよ。米子から先は再び無料区間となる。
そこそこ新しいドライブマップでも淀江大山インターまでしか書いていないが、現実はどんどん進化しております。
この先も無料区間が延長して、名和まで延びています。この先は工事していないようですね。
名和ってなぁに?名和町中山町大山町が合併して大山町となりました。JRの駅名で言うと御来屋駅の近くに出口があるんですね。
ここから先は、ほんとはJRの中山口駅周辺から入ったほうが解りやすいのかもしれない。わたしは一番近いと思われるコースを進んだんだが、迷ってしまった。
谷沿いの道から、カーナビが示す退休寺の文字目指して進んだのだから表現のしようもない。
怪しげな森の中の道を進むと、突然、三叉路の真ん中に地蔵が据えてある。それでこの森の奥に寺があるのだと解ったのですよ。
昔は正参道だったが、時代の変遷で置き去りになった参道のようだよ。
森の中を近づくと、正面に門があって、菊の紋章が掲げてある。勅使門だ。
看板の縁起によると
至徳3年(1386年)、後小松天皇より法王能照禅師の勅賜号と金龍山の勅額が下賜された。爾来、宝祚長久・国家鎮護の勅願書となり、勅使門を建立する。
後小松天皇というと、北朝の天皇だ。当時は、南北朝の末期のことなんですね。
へぇぇ、由緒のある勅使門なんだ。実はね、某寺で、由緒があいまいな勅使門を見ているんですよ。
それはどこかって?言えませんよ、そんなこと。全部読んだらどこのことかわかります。
勅使門からは入れないから、通用門から入る
勅使門から真っ直ぐに本堂へ直線が伸びている。仁王門があるが、仁王は建物の外にいて雨露寒暑に曝されている。これは気の毒に。
何かそぐわない感じがしたんだが、わかったぞ。
本来、仁王は塀の境界にいて、外の邪をはらうのが普通だよね。門内にあるのでは役目が果たせないじゃないか、どこか違う、と違和感があったのはこういうことなんだ。
本堂の扁額は転法輪と書いてあるのだと思うよ。転の字は旧漢字でこう書く、轉法輪。
左のお堂は座禅堂だと思うのだが、大仏宝殿と扁額がある。曹洞宗の寺だから禅堂と思って間違いはないだろう。
集落のひとは、寺の横からの姿を見ているのだ。寺の周辺の開拓が進んで、横から入るのが当たり前になってしまったんだね。
県道に出ると、案内の棒杭がある。これが唯一の案内なんだよ。見逃さないようにね。
退休寺への道は、県道278号線から分岐するのだが、凹の地形、谷の道を探すと間違う、凸の地形、畑に沿った道を探すのだと覚えておいてちょうだい。

このあと、南部町の手間要害山に登ってきました。前回の25番、26番の日に登るはずでした。 忘れ物して、その日は登るのを止めたいきさつがあります。平地の強者、手間要害山
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