2014年5月17日
しぇるぱ単独
山域:鳥取県日南町

登山口はどこ、窓山、日南町

 

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チェーン着脱場ここんとこ、鳥取県に盛んに行っております。
鳥取県と言っても、一番西側、広島県寄りに限られていますがね。日南町、日野町ばっかりです。
その中で、窓山という大きな山を横目で見ながら往復しています。この山はネットにはほとんど紹介されていません。
あら楽し猫のこころで書きつくる」その中で、窓山(日南町)、ここにあるだけです。ほんとは他にもう一つあるのだが、超人的な行程なので参考にはならない。
あら楽しでは、北から取り付いているが、地図を見ていると、南から取り付いたほうが、林道の標高が高いように思える。よし、南から取り付いてみよう。
広島県から
鍵掛かっかけ峠を越えて鳥取県に入る。ここんとこ頻繁に鳥取県に入っていて、この峠から入るのが通常なんですよ。
平地に下りて、チェーン着脱場がある。書くなら着脱場だけど、口で発音するなら脱着場だよねぇ。そりゃ、装着の順番はチャクダツだよ。口がもつれて言えないよ、声で言うならダッチャクだよねぇ。
新山の集落車はこのチェーン着脱場に置いておく。夏には誰も駐車しない。たまに昼寝に使っているのを見る程度だよ。
目の前は地蔵の辻になっている。地蔵と町営バスの車庫の間に道がある。この坂を登るのだ。
坂を登り切ったら、地蔵堂がふたつある。離れたところにもまたあって、林の奥に籠り堂も見えている。集落の外れだから、賽の神の役割も背負わせているのだろうね。
川沿いに集落がある。川が南向きと西向きに流れている。おばあちゃんに川の名前を聞いたら、他で聞いてくれ、嫌われてしまったよ。賽の神の追い返しと同じだね。
よそ者によっぽど手痛い目に遭ったんだろうね。背中を向けたままでこっちを振り向きもしなかったものね。
地図と照合すると、まず先に渡るのが日野川、次の辻で窓山林道を歩く。坂郷川に沿って歩いていくのだ。
辻には、(なんでこんなに地蔵堂が沢山あるんだろう)、またまた地蔵堂と日野川源流の碑案内図がある。地蔵堂はともかく、日野川源流には一度行ってみたいもんだよね。
最後の民家全面通行止めとなっているのだよ。自動車なら入っちゃいかんだろうが、歩くのならそこはOKなのじゃなかろうか。
窓山林道をポクポク歩いて登って行く。
お、民家が現れた。民家の背後に山が見える。あれが窓山なんだろうな。民家からちょっと離れると、絶妙な窓山の姿が見えてくる。
次の建物が、宿舎のような、事務所のような、ポスターなどから推察するに、森林組合の宿舎だろうな。ここで電線は終わりになる。この奥には電気も電話も繋がっていない。
ほら、思い出そうよ、日野川源流の碑案内板に書いてあった。にちなん環境林管理棟。だから何だと質問を返すよ。宿舎なのかね、事務所なのかね。
ここで再び通行止めの看板が出ている。さっきの交通止めは予告、この通行止めは本気なのかもしれないね。
この先からは舗装が途切れる。ほんまだ、工事が始まっている。
工事で通行止めダンプが何台も往復して砂利砕石を運んでいる。この先が先端の工事現場なんだな。
現場監督がやってきたよ。この先は歩きの人も通ることはできません。引き返してください。
あれれ、道を間違えたみたい。ここはどこですか。窓山に行きたいのだけど。
下の民家のところに分岐があります。そこから入る道があります。その道が窓山に向かっているのかどうかは、ぼくには判りません。
ありがとう。工事の邪魔はしませんよ。素直に引き返すから。貴重な情報をありがとう。そっちから行ってみるね。
よくぞ止めてくれたよな。素直に通してくれたら大間違いの方向に向かうところだった。道幅が広いから丸々信用してしまった。
地図はただいま現在を反映しているわけじゃない、地図は数年遅れで現実を追いかけるのだものね。
民家の上側に分岐がある民家の上側、なるほど、ここに分岐がある。ここから地道の林道に入って行くのだ。
どうしてもここは間違えるよなぁ。立派な舗装路が続いているのだ。地図を確認することもなく舗装路を行ってしまうが、それが普通だよ。
道は下って、川沿いの道になる。坂郷川なのだ。
川を4回渡る。右岸から始めて偶数回渡れば、やっぱり右岸にいるのだ。
私有地につき立入禁止(有)大一商店、と立札がある。
大一商店とは、吉野の豪商だったのだ。山主、材木問屋、幸福相互銀行を経営し、経営破綻して倒産した過去がある。
山林は、近畿と四国は債権者に差し出した。なぜか広島県東城に大一商店が残っていた。詳細は「古蘇山、東城、吉野山林王?の山 」を見てね。
地蔵群この山林は債権者からお目こぼしを受けたのだろうね。
あるいは、何十年年賦で債権の返済を続けるため、資産運営を任せた、のかもしれない。
で、大一商店はここ鳥取県日南町でも生き続けているのだ。近隣で、岡山県にも大一商店の山林は存在するかもしれない。
立入禁止と言われるとどうしたもんだろう。支配人に見つけらなければ騒ぎにはならない。支配人ではなく番頭さんと言うのかもしれないがね。
植林の中に地蔵群が立っている。首なし地蔵もあるぞ。小さい地蔵なら平気で見られるが、巨大な地蔵は気味が悪いな。巨大な悪行を鎮めるために地蔵も巨大化したのだろうか。
地蔵の真向かいに祠がある。山の神の祠だろうね。地蔵と祠が向き合っているのは偶然だろうね。そうとも、そうとも、偶然に違いない。
この先は谷底盆地と言うべきか、沃野が広がっている。ここに人家があったのだろうか。痕跡はないが、人家と畑があっても不思議じゃない地形だね。
林道から作業道へ五つ目の橋を渡る。ほんとは橋ではなく、ヒューム管を埋めてあるのだ。ヒューム管の工事の方が安くつくのだ。
ここからほどなく分岐に差し掛かる。分岐を右折する。次の分岐は左折する。地図ではどっちに行っても合流するのだが、左折した方が歩行距離が短い。
作業道を登って行って、このあたりで右折した作業道と合流するはずなんだが、見当たらない、右からの作業道は山に融け込んでしまったみたい。
事前に、作業道から尾根へ乗るポイントを押さえておいたのですよ。GPSで、ウェイポイントでマークしておいた。
南尾根1、ここからでは笹原の中を進まなきゃならない。尾根に分け入る気になれないね。
南尾根2、前に登った登山者のテープとか紐とか何かの痕跡があるのを期待していたんですよ。どこにもないよ。登った痕跡が残っていない。ヤブ漕ぎをする気にはなれないね。
西尾根、行こうとしたのだが、もう1時前になる。これから頂上に登ったのでは日が暮れてしまう惧れがある。
窓山の西尾根南尾根2と西尾根の中間に、頂上ではないが頂上に近い尾根が見えている。そこを眺めながら弁当タイムとする。ここで打ち切ろう。降りることにしよう。
自然林の中の作業道はだいぶ植生が回復している。自然が傷跡を癒そうとしているのだよ。
植林の中に戻ると作業道は本来の作業道となって働いている。間伐も枝打ちも整然と行われている。大一商店が本来の業務を行っているのですよ。
日当を払い、雇用を継続しているのだから、もう一度言うよ、破綻から再生したんだもの、いつまでも倒産企業と後ろ指を指すのは止めてやらなきゃいけないね。
作業道から林道に戻ってきた。
林道から舗装路まで戻ってきた。民家の後ろ側に窓山が見えている。こっちから登山路はないのだ。西尾根からのコースは踏み入っていないが、ひょっとして、そっちに道があるかもしれない。
集落に戻って、日野川源流の碑の案内図をもう一度眺めた。なるほど、そういうことかい、今見れば様子がよく解る。
舗装路に合流最初はぼんやりとしか見えていないものなんだよ。歩いた後なら図上の姿が浮かび上がるように見えてくるものなんだよ。
峠を越えて、チェーン着脱場まで戻ってきた
今回のコースはえらくくたびれた。コースミスして余計な部分まで歩いたことも含めて、17.6km歩いている。途中でくたびれて腰を下ろしたい気分になるのは仕方がないことだね。
ここんところ短い行程ばっかりで、今年の一番長いコースで馬乗山での8.7km、今日は久しぶりにロングコースを歩いたのだよ。
長いのも道理だよ、間違えて余計な舗装路を歩いたり、作業道で右へ左へ、直進すれば短いコースをわざわざ長く設定された道を歩いたのだものね。
お疲れ、お疲れ、ご苦労さん、山頂には登れなかったが、それなりに得るものがあったよね。
近所にこんなのがありました。
2013年_8月19日 道後山山麓一周(広島県鳥取県)(自転車篇)

 

詳細地図、地図上のどこで撮った写真なのか解ります

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