2006年4月8日
しぇるぱぁに、しぇるぱ
山域:広島県東広島市

中天神嶽、西天神嶽、東天神嶽2

 

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林道終点駐車場今日は家を出るのが9時過ぎになるから、近場の山にしような。天神嶽なんぞはどうだろう。
東広島市の豊栄町、北からと南からと、コースはふたつあるんだが、判り易いから、北からの道にするかね。
このあたりの地名が吉原、県道が分岐する交差点に、天神嶽の大看板があって指差しているから間違うことはないだろう。
その方向に1キロとちょっと進むと、登山口の看板がある、ここから入って行くんだよ。
現代の地図に古地図をかぶせる、そんな地図があるだろ。それによると、天神嶽の頂上が安芸と備後の境界になっているのだよ。
巨大な地蔵の石像町村の合併繰り込みは、交通事情、川筋山筋、人情文化、寄り合うものと反発するものがあるのだろうねぇ。昔ながらの国の境いがあっても、止めようがないのだろうね。
林道は舗装路なのに、道の両側からススキが倒れ伏せて道を狭めているのねぇ。
舗装路はまだ続くだろ、砂利道のほうに天神嶽の矢印が示している、ここから砂利道にもうちょっと進入して行くんだよ。
かなり広い駐車場ね、ポータブルのトイレも用意してある、これだけ広い駐車場を必要とする時期もあるのね。
さぁ、ここから歩きだよ。地図看板があるから、見てイメージを把握しといてな。
中天神嶽道は広いのね。看板の地図では、何回も折れ曲がってジグザグに登るはずなのに、直線で真っ直ぐに登っているじゃないの、どうして。
キャタピラのブルや運搬車を使うからだろう。キャタピラなら、少々傾斜があっても屁でもない、効率的なのは真っ直ぐな道、というわけだろうね。
何回も横に逸れる道を見送っているが、それが昔からの道なのね。ひたすら真っ直ぐに切り上がって行く道は息も切れるし汗もかくよね。
谷道から登り詰めて稜線を行く道になった。それでも、キャタピラの通う道、という基本は同じことなんだがね。
中天神嶽から西天神嶽をなんでこんなにキャタピラ車が頑張るか。
この森は、自然環境保全林なんですよ、だから、自然環境を保全する管理道を付けなきゃならない、ん、どこか理屈が不自然なような。
整備事業で予算がついたんだもの、りっぱな自然環境保全林に仕立てなきゃならない、当然、規格に則ったスガタに合わせなきゃならない。
このあたり一帯見渡す限りの山を、松林を見てごらん、縦横にブルで引っ掻いた管理道が出来ている、みんな立派な自然環境保全林に変身している。
手付かずでほっとけばええのじゃないの。 黙っていておくれ、公共工事で命を繋いでいる土建業者がいるのを忘れてくれては困る。
西天神嶽そうだったのか、救済公共工事だったのか。
隅々まで道が立派になり、山の中まで工事が及んだのは、みんな借金、債券発行のおかげなんですがね、濫発した地方債を償還できる見込みが苦しくて、市町村大合併が始まったんだったねぇ。
なに、ぶつぶつ言っているの、ねぇねぇ、向こうに大きな石像が見えてくるんだけど。
そうそう、あれは地蔵さんの石仏なんだよね。昭和の初期、天龍というひとがここで信仰を広めた、んだそうな。
安宿へ分岐する峠今でも、天龍夫妻を慕うひとが集まっている、この石像も近年の寄進によるものなのだよ。
この山の反対側、
安宿あすかから登ると、天龍師をたたえる、漢詩、和歌の石碑が、こっち側よりもっとたくさん見ることができるよ。
そう、ここで振り分けになっているのだよ。登れば、中天神嶽、西天神嶽、下れば、東天神嶽、道標が行く先を指している。
登り詰めると、岩山になっているだろ、岩の上に登れるよ。 おっとっと、ほんとだ、岩の上だ。
忠孝、て彫り込んであるよ、昭和の初期の頃の空気はこれ一色だったものね。すごいアナクロニズムを感じるね。
振り返れば中天神嶽麓が見えるはずなんだが、見えないねぇ。黄砂が激しい、この時期だもの、四月いっぱいは黄砂の季節と諦めるしかないのね。
岩の向こうに見えるのが西天神嶽なのね、そう、あそこが一番高いのか、行こう、行こう。
稜線をたどって、稜線のソヨゴの並木を潜って、切り開きの頂上に出る、ここが西天神嶽。
三角点があって、ベンチがあって、岩の上から豊栄町の国道筋が見えるはず、はずよね、ぼんやりおぼろに見えるのがそうよね。
引き返そう、中天神嶽から地蔵の広場、この下に、祠というか、お堂というか、道場があるのだよ。
東天神嶽の岩場峠の分岐、峠を谷に向かえば
安宿あすかに向かうのだよ。
稜線を登って行く、岩の門を潜れば、そこらあたりが東天神嶽の頂上部なんだよ、ここが頂上という道標はない、銘々が勝手にここがそうだと思えばええのさ。
桟橋のように、岩場が三つ、突き出している。岩場からの展望、谷の向こうは大和町なんだよ、三原市なんだよ。平成の大合併で、都市の境界のイメージが狂って、修正するのに努力しなくちゃならないね。
西天神嶽、東天神嶽と名前がついてはいるけどね、北天神嶽、南天神嶽と言ってくれたほうがはるかにイメージが掴み易いと言いたいぞ。
もとの地蔵の広場まで帰って、真っ直ぐの棒道を下るとしようかね。

広島県中央の天神嶽
中天神嶽、西天神嶽、東天神嶽

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詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります




カシミール展望図をつけました。立体的に地形が浮き出て一目でイメージを把握できます。


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