大土山の山麓を一周

09年2月16日

大土山の東の峠から時計回りに一周
でも軌跡を示しています、高低を示す断面図も表示できます
実は、先月このコースを自転車で回ったんですよ。
ところが、GPSの電池が切れて、軌跡が取れなかった。ページ化するのはあきらめたもんです。
今度はちゃんとやるぞ。電池確認、OK。では、出発。
前回、低地から出発したので、峠を二回越えねばならなかった。
ということは、二回汗をかく、ということなんですよ。汗をかいての下り道は汗が冷えて寒い、ということを体感したのだよ。
スタートは峠の上からにしよう。それなら、汗で冷えるのは一回ですむ。
大土山の東に水越峠がある。そこから下って、最後に登って来ることにしよう。
天気予報では雪が降るかもしれないということだった。ほんま、降ってきたよ。
ここが水越峠の最高地点、池の傍なんだよね。
三次市と安芸高田市の境界を越えたところに向原農園、養鶏場があるのです。
風を切って寒いけれど、一挙に谷を下って向原に出た。
すぐに次の谷間に入って行くのだよ。
ここからは、キーコキーコとペダルを踏んで登らなきゃならない。
降りて自転車を押すことはしないよ。ただし、汗を拭いたり水を飲んだり、何度かは自転車のサドルから降りることは見逃してね。
ここが論山堤、北のムラと南のムラとが水利権を争って論議を交わした、それが名前の由来なのだそうな。
視線を伸ばして稜線を見てちょうだい。鳥居が見えるでしょ。天ノ岩座神社。
鳥居の先に平地があるのだよ、そこに岩が累々とあってね、ここが高天原だと、彼らはそう言っています。
岩のひとつひとつに、天照大神、猿田彦大神、そのほか、あまり聞いたこともない神の名前を命名してある。
神道を整理すると、神社を中心とする神社神道と、教祖が教えを説く教派神道と、このように系統分類できるのだよ。
天ノ岩座神社は、どうみても、神社本庁に登録してその包括下にあるような体裁じゃないね。
おそらく独自の教義があるのだろうね。神の名前がユニークだもの。
2004年2月13日2006年5月20日、論山堤側から二回登っているが、鳥居がもう一本増えて、参道・広場はブルドーザーで大幅に改造されていた。
2年で風景が変わっている、それだけの動員力・資金力があるのだ、なかなかやるな、と見直したもんです。
池から進むと、キャンプサイトがある。アズマヤがあって、大土山の登山道はその前から入って行くのだよ。
下りの道を進んで行くと、天ノ岩座神宮と矢印看板がある。信者はここから分岐して別の道から入ってるようだね。
いっぺん下ってちょいと登り、ここからはひたすら下りばっかり、池の傍を通り、落ち葉の積もった舗装路を抜ければ、たんぼと集落に出た。
ここは上高地、読み方は、かみこうち、かみたかち、どっちなのか定かじゃないのです。
この谷もずっと広がっていて、甲立へ流れる谷へ抜けて行くのだよ。
抜け出したところが県道で、この県道は、2台連結のトレーラーは通るわ、トラックの群れはひっきりなしだわ、意外にも交通頻繁なんです。
荷物は養鶏・畜産の飼料が多いとにらんだね。その通り、牛の牧場と養鶏場がこの先にあるのです。
登ったところが馬通峠、この読み方だがね、昔の名前が馬倒し峠、まだおしとうげ、だから、まどおしとうげ。
まどおりとうげとは読まないのだよ。
この先の道が登り勾配なんだよ。さっき峠を通ったじゃないか、まだ登りの道なのかい。
昔々には無かった道なのだろうさ。産業の立地が変わって、新設された道なんだろうね。
抜けて下って谷に変わる。成広谷。ここから先は水越峠まで登りばっかりなんだよね。
民家の最後のところで、道が分岐している。
広い道を行きたくなるが、それは間違い。頼りない細い道だが、それが紛れもなく県道なんだよ。
だいぶ登り登って、もう水越峠まで近いだろ。もう100メートルぐらいかな。
GPSの画面を覗いてみると、1キロ半から2キロもある、まだそんなにあるのか、がっかりしたね、GPSで確認するんじゃなかった。
やれやれ、どうにか戻ってきました。いやぁ、お疲れ、お疲れ。
ここが三次市三和町側からの大土山登山口 水越峠最高地点、白い点々は雪
この奥は向原農園、養鶏場がある 向原から大土山への道
論山堤、水利権を巡って論争、名前はそこから由来 稜線に鳥居が見える、天ノ岩座神社を拝む鳥居
キャンプサイト、ここから大土山に入って行く 林道を抜けると集落、上高地という名前
安芸高田と三次の境に馬通峠 広い道を進んではいけない、狭い道が県道
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