2010年4月5日
しぇるぱ単独
山域:広島県庄原市

谷底の井尻谷から登る吾妻山

 

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井尻谷の入口吾妻山へ登ろうと決めてもうだいぶ経つよ。
吾妻山国民休暇村まで自動車で登って、そこから歩く、これが普通ですよね。わたしもそうして来た。
そんな単純なものじゃなく、はるか谷底から谷を詰めて登るコースがあるのだそうな。
雪が積もっているとどうにもならんし、暖かくなるとマムシが目を覚ます。今が一番ええ時期だろうね。
どなたかのHPで、この谷はマムシが多い、と読んだことがあるのですよ。
もう一回、ネットを探してみたが、見つからなかった。吾妻山とは別のページにそんなことが書いてあったのかもしれない。
地熱が未だ上がっていないこの時期ならまだマムシは冬眠中だものね。
庄原から比和、高野境のチョイ手前で吾妻山が正面に見えてくる。
自転車を国民休暇村にデポしておかなくちゃ。キャンプ場入口の地図大看板のところに置いておこう。
最初の橋車はふたたび谷底へ下りて行く。比和川が流れている谷底なんですよ。
大字は森脇だが、小字は石ヶ原、ここに消防団の消防車庫があります
消防車庫の周囲は空き地になっているが、いざ出動、という場合、ここに止めていては具合が悪いだろう。
ちょっと離れた交差点の傍らに止めるとしよう。おばちゃんが畑にいるので、声掛けて許しを請うておく。
この谷の名前は井尻谷と言うんだそうな。橋の名盤に井尻谷橋とあるのだそうな。
先人のページで読んだので、そのまま踏襲するが、ほんとは橋まで近寄って確認すべきだったな。
以前は、ここに道案内の看板があったのだそうな、間違えて谷の奥に入って行く車が多いので、取り払ったのだそうな。
そういえば、地図看板を掛けていた棒杭が二本、地面に刺さったままだよねぇ。
井尻谷には人家が結構あって、あのね、かなり奥地だが、分類すると里だよねぇ、確かな集落を形成しているのだよ。
難所を渡渉最後の民家で舗装が尽きる。地道を進むのだが、右岸を行こうか、左岸を行こうか。
右岸のほうがよく踏まれていると判断して右岸を進む。(右岸、左岸はネット検索して自分で調べてね)
よく踏まれた道で、昔ながらの仕事道を今でも使っているのだろうね。
最初の橋に出会う。縦の柱は杉丸太で、じゅうぶん太いから問題ない。横材はクヌギかクリか、腐ってはいない、緩んでもいない。
すぐに二本目の橋、横桟は新しく取り替えられたようで、安心して渡っていける。
十分も歩くと、三本目の橋、強度は大丈夫なんだがね、材木が曲がっていて、板がゆがんで反っている、歩きにくいが我慢しなきゃね。
山歩きに、新しい装備を増強したんですよ。
装備とは、笛、ホイッスル、サッカーのレフェリーのピリピリピリーと吹くあの笛ですよ。
真っ直ぐ見通せるところはダイジョウブ、曲がり角の手前、ここでピリピリピリーと大きく鳴らします。
林道との出会いクマに危険を知らせるため、出会いがしらに遭遇したくはないものだよ、鈴の音では心もとない、谷じゅうに響き渡る笛の音は頼もしいね。
遭難の笛と紛らわしいのが難点なんだがね。自粛しながらも、ここぞと言う場面では遠慮なく使っております。
遭難した場合にね、おーいおーいと叫び声を出すが、30分もすると、咽喉がかれて声が出なくなるのだそうな。
その点、笛なら、二時間でも三時間でも連続して吹けます。ただね、うるさいよ、超音波に近い音で耳がジンジンするよ。
難所にぶつかった、大きな岩を迂回して、水の中の石を踏んで渡って行かなきゃならないのだよ。
上へ逃げるとモミの幼木の葉っぱのチクチク帯を進まなきゃならん。水の上を歩くほうがまだましかな。
水の上に突き出している石の頭にコケが生えているのですよ。滑りはしないかと恐怖だよ。
渡渉だよ、ここの場合は本気で気合を入れて、行くっきゃない、石の頭を踏んで渡らなきゃならない。
ここを渡るには、そのへんで杖を探すとよろしい。枯れ枝がよろしい。二本見つけるとよろしい。
吾妻山国民休暇村長めの杖をみつけて、両手で杖を操って、三点確保、四点確保、足だけで歩くのではふらついて、水に落ちてしまうよ。
次に現れたのが四本目の橋、ここは何の不安もない。決死の覚悟で渡渉することを考えると、橋というものはありがたいもんだよ。
錆びてボロボロになった昔々の案内標識がまだ残っている。
池の段へ45分、森脇へ55分、だれのHPでも、それは変だよ、と突っ込んでいるが、池の段は遠すぎる。
立烏帽子山の隣りの山の池の段を指しているのではないと思うよ。この谷の上部に池の段があるとすれば納得なんだがね。
反転して、谷から離れていくので、尾根越えで局面が変わるのかと思ったが、また反転して、谷に沿う道に戻ったよ。
ここで渡渉して、右岸から左岸へ移って行く。
谷の水量が減っているので、心置きなく石を踏んで歩く。
おぅ、立派な滝があるじゃないか。名前はあるのだろうが、案内板がないので、残念だよ、無名の滝としか呼べないよね。
吾妻山頂上滝頭あたりに、ふたたび錆び錆びの案内標識、池の段へ30分、森脇へ1時間10分。
覚えておこうね、ここから30分歩いた距離での風景が池の段なんだよ。
この上では、谷の水はほとんど細流になって、谷の真ん中を突っ切って反対の尾根へと向かう。さては尾根を越えるのか。
いいえ、尾根で反転してもとの谷の道を進んで行く。
このあたりは谷の源流部なんだろうが、ずいぶん平らな地形になっている。ひょっとして、ここが池の段なのではなかろうか。
時間の経過から考えると、このへんを池の段と推定してもそんなに外れてはいないだろう。
水が湧き出す水源地だから、池と見立てよう、平地を段と見立てて、池の段、いかがなもんでしょう、皆の衆。
ささやかな流れを渡ると、目の前には舗装路が横たわっている。国民休暇村への道なんですよ。
舗装路を突っ切ると、山の中へ道が続いている。
自転車をデポ振り返ると、井尻谷への道はくっきりとしていて、保安林、禁猟区の看板が道のポイントを示してくれている。
吾妻山へと向かって行く、山頂まで1.8キロと案内標識には書いてある。
森林から草原に抜け出すと、吾妻山国民休暇村の建物の後ろ側が見えている
冬の間は閉鎖していて、窓も板で塞いである。いま、再開に向けて準備掃除をしている最中なのだよ。
建物の正面に回ってみても、閉館ではしようがない、このまま吾妻山の頂上を目指すとしようか。
建物の背後に池がある。この池から水が流れ出て、ここが井尻谷の始まりになるのだよ。
何度もこのコースは登っているので、頂上までの経過は省略、はい、ここが吾妻山の頂上だよ。
大山は見えない。比婆山、池の段が正面で、比婆山山群のひとつひとつを確認する。
井尻谷を正面から見下ろすと、比和川で合流するあたりにたんぼが見えている。あそこから歩き始めたのだ
島根県への道との分岐比和町の地図を眺めていると、比和川があり、比和谷川がある。本家、元祖、それぞれ主張を譲らないのが透けて見えるね。
頂上の北側の庇の下には雪が残っている、日陰にあるから残っているのだね。
南の尾根から降りて行く。大膳原から比婆山へ向かう分岐を過ぎて、行く手には旧ドルフィンバレースキー場が見えている
何度もこのスキー場は見ているはずなのに、記憶が曖昧なのですよ、始めて見るように新鮮に見える。
記憶なんてのは曖昧なもので、比婆山の比和町側斜面にスキー場はあるのだと覚えこんでいました。
それは、思い込み、錯覚で、池の段に続く尾根の斜面にスキー場はあるのでした。
いずれにせよ、経営不振でスキー場は閉鎖したので、そのうち自然に帰っていくことだろうね。
南の原の、山腹を取り巻く登山道と合流して、そのままキャンプ場まで歩いて行く。
キャンプ場の舗装路に出て、はるかに大回りしながら、キャンプ場入口まで下りて行く。
県道まで戻る吾妻山の地図大看板に結わえ付けて、自転車をデポしておいたのです。
ここからは下りの道だからあっという間、井尻谷から林道に出たポイントはここなんだよ、舗装路を横断して、左から右へ進んだんだよ。
島根県の横田町、今は合併して奥出雲町へ延びる道と合流する。もちろん、島根県には向かわない。
坂道を下に下にと進んで行って、比和川の谷まで下りて来た。ここで県道と合流するのだよ。
県道はわずかに登り坂、キーコキーコとペダルを漕いで、出発地点まで帰ってきたぞ。
朝のおばちゃんが別の畑で鍬を使っている。手を挙げて合図を送って、これが下山届けの代わりだね。
歩いて7キロ4時間、自転車10キロ30分、下り坂だから速い、速い、自転車の機能をめいっぱい使ったのだよ。
参考
吾が妻よ、イザナギが呼ぶ吾妻山 2003年8月29日
よめさんのリハビリに、吾妻山 2004年4月6日
山岳会にデビュー、吾妻山 2007年12月16日

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詳細地図、地図上でどこで撮った写真なのか解ります




カシミール展望図をつけました。立体的に地形が浮き出て一目でイメージを把握できます。
でも軌跡を示しています、高低を示す断面図も表示できます


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