2004年4月21日
しぇるぱ単独
山域:広島備北

比婆山群、熊野神社から竜王山

 

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熊野神社の老杉群先日、囲炉裏の仲間が三瓶山と比婆山へ登りに行ったんですよ。
その比婆山なんですがね、比婆山山群の竜王山、今まで、志しては中止したことが二度ほどあります。
最初は、3月の半ば、立烏帽子の駐車場までの道、まだまだ雪に埋もれているんですよ。
二度目は、ついこないだの4月6日、雪が融けるとフキノトウが生えてくる、道ばたのフキノトウを採るのに夢中で山に登るのを止めてしまった f^^;)
さぁ、今日はちゃんと登ろうな。
国道183号線から県道に入る、その時、熊野神社の大きな石の鳥居があるから、それを目印に曲がればええさ。
県道から熊野神社へはかなりの登り道だね、ここを自転車で登るのはつらいものがあるね。
那智の滝引き返して、山上の立烏帽子駐車場へ向かおう。ここへ自転車をデポしといて、帰りは楽しようという算段なんですよ。
県道から熊野神社への曲がり角、ここがふくらんで、駐車は可能だよなぁ。自転車はここへ下りてくるだけだ。神社への道を漕いで登らなくてすむぞ。
すみませぇん、ここに車を止めても構わないでしょうか。
こう、声をかけとくと、お断り他へ行って、なかなかそうは言えないものだよ。店の自動販売機で買い物することで勘弁してもらおうか。
熊野神社まで700メートル、そう看板に出ている。登り勾配の道だから、どうしてもうつむいてしまうよね。
神社の前にイザナミ茶屋、土日祝日だけの営業なんだね、そのほうが賢い。
看板があって、祭神は伊邪邦美神、イザナミを比婆山に葬ってその地を御陵、ここはその遥拝所だという、創建不詳、奈良時代和銅6年までは比婆大神社と称し、平安時代嘉祥元年社号を熊野神社と改称す、とあるぞ。
自衛隊の演習あとは、明治になって官幣大社になんたらかんたら、そのへんは読み飛ばすとしようか。
古事記では、イザナミの葬られたのは比婆山だが、日本書紀では、イザナミは熊野に葬られた、とふたつの神話があるのだよ。
もともと、熊野はあの世とこの世を橋渡しするイメージがあったものだそうな、ここ比婆山にも同じ伝記信仰があるよね。
全国熊野神社参詣記というページがある。これによると、よくまぁ全国に熊野神社が広まっているものと驚くね。神社の名前を変えるとは、今までの祭神を捨てて転ぶということだから、転ぶには、強い布教のちからがあったのだろうね。
ここの比婆大神社が熊野神社に転ぶのは、根本は同じことだもの、なんの抵抗もなかったろうと思うよ。
石段を登れば杉並木、杉の太さで県下2位3位4位のものがあるのだそうな。惜しいね、1位もあればパーフェクトだったんだがね。
なるほど、立派、樹齢何年なんだろうね。
竜王山頂上拝殿の前まで進んで、そこから左へ道がある。牛馬荒神、三宝荒神があって、二宮、三宮がある。
二宮の前には巨石があって、磐座(いわくら)信仰、岩境(いわさか)信仰、金蔵神社と名前が付いて拝まれている。
ここから奥へは奥の院御陵への道だもの、信仰の道で太古から踏まれた道だよ、今なお現役の幅広の道です。
道は切り上がって切り上がって、ずいぶん登って来たよ。高い角度で滝が見えてきた。
これが那智の滝なのかい。
看板があって、鳥尾(ちょうのお)の滝、鳥上山(船通山)に対応して鳥尾の峰(これが比婆山)、30メートルの高さから落ちるので、尾長鳥の尾を連想して、その名を付けたのだそうな。
ところが、後世、那智の滝と、名前を奪われているじゃないか。ここでも、熊野スタイルへの塗り替えなんだね。
竜王山から立烏帽子山を滝の半ばに、滝の本観音堂跡とあった、滝のしぶきを浴びながら勤行に精出した往時があったんだね。
滝があるところは等高線のコンターが込んでいる、壁を何度も切り上がって切り上がって滝の落ち口まで登ってきた。
天狗岩と看板があるが、危険なので縄を張って立ち入り禁止にしてある。そこを過ぎると、滝口の印象はしぼんでしまうね、平凡な姿の流れだ。
二度ほどかな、流れを渡渉して、谷から離れて尾根へ向かう。尾根には笹の広場があって、天狗の相撲場と名前がついている。
尾根の先に丸い頂上部が見えてくる、もう頂上は近いんだろうね。
白いペンキの建物が見える、避難小屋ではなさそうだ、山仕事の作業小屋なんだろうな。緩い傾斜をまだ登るんだね。
コンクリートの休憩舎がある、あたりは笹原に疎林で、この疎林が無くなると山頂なんだろうね。
林道に出たよ、エンジン音がするので何だろうと思っていたが、自衛隊が通信の訓練をしている。
立烏帽子駐車場こんにちは、自衛隊のかたですね、何の訓練ですか。
ちょっと調整が微妙なんで近寄らないでください。
そりゃどうも。  もろに断られた、ピシャリと愛想なしだったよ。通信しているのだろうか、傍受しているのだろうか。
写真を撮ったけど、軍の機密漏洩、スパイの嫌疑で投獄、なんてことは無いだろうね。帝国陸軍の時代ならありうることだもの。
登山道に水が流れている、なんでだろ、ははぁ、残雪があるんだ、その雪融け水が道に流れているのだ。
その先は全部芝生の山頂だよ。芝をもぐらが掘り返している。広い平らだなぁ。
正面に立烏帽子山、池の段、比婆山が見える。東には道後山、大山はこの時期の黄砂で見えないね。
南西の谷を隔てて、福田の頭、ここからは横顔を全部見せるんだねぇ。
立烏帽子山から竜王山をゆるい傾斜を進みながら、夏のすすき、秋のすすきは素晴らしいだろうなと思いをめぐらす。
林道に出るが林道は歩かない、平行して、歩く道があるのだよ。
ブナの林の中の道なんだが、ここのブナは細いね。かって伐採したんだろうな、最盛期までにはまだまだ年月がかかるね。
立烏帽子の駐車場に到着したよ、デポしといた自転車は無事にある。ここで食事にするけど、このまま下りるにはまだ早いよね。
立烏帽子山に登ろう。かって立烏帽子山から下りたとき、きついな、と感じたが、登りでは全然抵抗を感じないよ。たぶん、岩場を下りる感覚と登る感じの違いなんだろうね。
立烏帽子の頂上が比婆山山塊のなかで一番高い、三角点は繁みの中だが、稜線からは見通しはとてもよく効く。
下って登って池の段、ここは池の段の三角点ではないが、これでええのだよ、三角点に行かなくてもここなら満足だ。
池の段から比婆山を竜王山があそこ、向かいに立烏帽子山、振り向けば比婆山、吾妻山、比婆山山群のええとこが全部見えるのが素晴らしいね。
全部ぅ? はいはい、そうね、そうね、烏帽子山は比婆山の陰になって見えないのが残念だね。
比婆山へ向かう斜面を降りて行こうか。
下りたところが越原越(おっぱらごえ)、ここから比婆山へはまた斜面を登らなきゃならない、面倒だ、立烏帽子山を鉢巻に巻いて、駐車場へと戻って行くとするよ。
ゆるゆるとした登り斜面、何度か雪融けの流れを渡渉しなきゃならないね。雪が解けると涸れ沢になるのかしら。
巨石の門が見えて来た。千引岩(せんびきいわ)という名前だとさ。
千引岩イザナギイザナミの神話については、吾が妻よ、イザナギが呼ぶ吾妻山にダイジェストしているから、そっちで読んでね。
イザナミは毎日千人殺しすと宣言し、イザナギは毎日千五百人の人が生まれるようにすると言い返した。これが千引の由来なんだとさ。さっきの越原越の越原の意味は、イザナギが黄泉の国の軍勢を追っ払った、そのおっぱらが由縁なんだとさ。へぇぇ、そういう事とは知らなかったな。
近頃は、イザナギに元気がなくて、日本の人口は減少している、これから先も、イザナミが勝ち続けることだろうね。
もう駐車場は目の前だよ、さて、戻ってきた。駐車場に水道があるんだが、世間でよく見る、節水、の案内じゃないんですよ、水栓を止めないでください。どうだい、けちけちしてない、使い放題なんですよ、豊かだねぇ。
さぁもう山を下りるとするか、自転車で、す〜ぅぃぃ、あっという間、30分もかからずに下りてきたよ。

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